銀の風

二章・惑える五英雄
―20話・意外な再会―



騒ぎが収まった後、手なずけたズーを乗り物として利用することにした一行。
そこで、名前をつけてやることになった。
「どんなお名前にするの?」
満腹なって、今度は羽繕いを始めたズーをつつきながら、フィアスが言った。
「ん〜……ズーだしな。思いつかねーよな。紫だから……。」
「ムラサキとか、でかいからってデカとかはなしだぞ。」
即座にルージュに先手を打たれる。
ちっ、とリトラが小さく舌打ちした。
「あんさん……やるとおもっとった……。」
あきれ返ったリュフタは、思い切りさめた目でリトラを見てくる。
「う〜ん……どうしよう?」
珍しく、こんがらがった紐を解くような表情をしているフィアス。
どうやら一生懸命名前を考えているらしい。
「クー?」
何が不思議なのか、その横にズーが首を伸ばしてきた。
きょとんとした目が意外に可愛い。
「これだ!」
鳴き声を聞いた途端、アルテマが拳で反対の手のひらをポンと打った。
いわゆる閃いたときの仕草である。
「こいつ、今からクークーね。これでいいでしょ?」
クーと鳴くからクークー。幼いフィアスにも十分理解できる名の由来だ。
二回繰り返すのは語呂の都合か。
「ネーミングセンスのかけらもないな。」
馬鹿にしきったルージュの顔で、アルテマの爆弾にすぐさま火がついた。
女の子にしてはただでさえきつい顔立ちが、余計にきつくなっている。
「あ〜ん〜た〜ね〜!その性格直しなさいよ!!
この根性悪!冷血漢!女顔!
何であたしよりきれいなのさ!!男のくせにぃぃ!!!」
最後はとてつもない私怨のような気もするが、
アルテマはとにかくおかんむりの様子。
自分で言っていることの意味さえ考えられないらしい。
「またずいぶんな言い様じゃねぇか。俺は思った事を包み隠さずに述べただけだぞ。
それと、最後の発言は挑戦とみなしていいな?」
初対面でのリトラに続き、アルテマにも女顔といわれてはその言葉も本気の色が強い。
どことなく、目が据わりかけている。
「それが根性悪だって言うっていうのさ!!」
傍から見れば相当低レベルだが、
うかつに手を出すとこちらが大火傷を負いそうな勢いだ。
残りの2人と一匹は、それを遠巻きに眺めている。
「リトラー、召喚獣でとめられる?」
一触即発の空気が怖いのか、フィアスが妙なことを言い出した。
その問いに、うんざりしたようにリトラは首を横に振る。
「しらねーよ……。やりたくねーし。
つーかおれ達だけさっさとズー、じゃなかった。
クークーに乗って行っちまおうぜ。」
そして、言葉どおり自分達だけクークーの首の付け根に乗って飛び立った。
ばさっというよりは、ぶんっという音に近いような気もする羽ばたきに、
喧嘩していた二人がはっとしたようにこちらを見る。
「おい、置いていくなら後金払ってからにしろ!」
冗談なのか半分本気なのか分からないセリフを吐くなり、
器用に背中だけ本性の翼を出して自分だけ飛んで行こうとした。
「ちょっとあたしを置いてかないでよ!」
当然翼などない彼女は、置いていかれたらかなわない。
とっさにルージュの足を捕まえた。
「っ!何するこの脳みそ筋肉女!いきなり足をつかむやつがあるか!!!」
飛び立った直後にルージュの右足を捕まえたアルテマのせいで、
間抜けにも彼はバランスを崩して落っこちる。
実に低レベルな争いを尻目に、クークーはのん気に飛んでいった。


各地で急増する魔物対策に加え、ダークメタル・タワーの影響をもろに受けるトロイアへの支援対策。
そして、各国との連携の構想。ゴルベーザが今までに集めた情報。
それらの事柄についてしばらく話していると、部屋に見知った影が現れた。
「来たか、ルビカンテ。」
四天王の一人、火のルビカンテ。
2m近い長身を持った、炎をそのまま人の形にしたような男。
四天王でただ一人、騎士道精神を持ち合わせた潔い人物だ。
4人のうちでリーダー格であり、人格的に一番まともである。
「ゴルベーザ様、ご報告申し上げます。」
そう言って、ゴルベーザの前にひざまずいた。
側近としての風格が、その姿からにじみ出ている。
「ご苦労。何か情報が入ったようだな。」
ルビカンテは有能な男だ。主人の元に手ぶらで帰ってくる事はまず無い。
「件のダークメタル・タワーですが……。
どうも、敵の基地というだけではないようです。」
それを聞き、ゴルベーザは眉をひそめた。
セシルたちの顔にも緊張が走る。
「どういう事だ?できるだけ詳しく頼む。」
嫌な予感がしたのか、ゴルベーザの顔がやや険しくなった。
「承知しました。」
主の命を了承し、そして懐から紙を取り出した。
それには、四天王達が調査した結果を記してある。
「こちらをどうぞ。私達が調べた結果を、それに沿って簡単にお話しいたします。」
ゴルベーザが、渡された数枚の報告書をめくる。
ダークメタル・タワーの簡単な外観図などもあり、
聞き手に内容を正確に理解させるための配慮もあった。
「まず、この頂上にある小さな塔状のものです。
どうもカイナッツオによると、
これはその周辺に住む魔物の闘争本能を、増大させる効果があるようです。
恐らく、圧倒的な物量でトロイアに何らかの行動を仕掛けるつもりなのでしょう。」
ゴルベーザや四天王達は、ダークメタル・タワーでの一件は知らない。
最近また目立っている魔物達の凶暴化、それに伴い増えた辺境の町村の被害。
この時セシルは、最近自分の元に上がってくる数々の報告の事を思い出した。

“陛下、またトロイアの国境が魔物に襲われたという連絡が……。”
“またか……。それで国境警備隊はどうした?”
“は。無事に魔物を退治したとの事です。”

“大変です陛下!トロイアに向かった定期飛空艇が、
魔物に襲われて墜落したとの連絡が入りました!!”
“何……?!生存者は居ないのか?”
“それが……。飛空艇は魔物によって空中で炎上させられ、
墜落後に現場で確認した所、生存者は皆無だったと……。”

被害にあった場所は、皆トロイアに近かった気がする。
その時はあの塔に関係があるのかどうか確証が持てなかったが、
話を聞いてようやく確信した。
「やっぱりそうだったのか……。」
「うむ……。」
長老とセシルが、同時につぶやいた。
当たって欲しくなかったことが当たってしまった。
思わず深いため息が漏れる。
「思い当たる節でもあったのか?」
「ああ。」
兄の問いかけに短い返事を返す。
それ以上言わなくても、伝わるはずだ。
ローザもセシルから聞いた報告の事を思い出し、表情を曇らせた。
「……残念ながら、ダークメタル・タワーの情報はそれ以上得る事ができませんでした。
代わりといっては何ですが、新たな拠点と思われる場所を発見しました。
バルバリシア、説明を頼む。」
ルビカンテが虚空に向かって声をかけると、
弱い旋風が部屋の一角に巻き起こった。
程なく、身長の3倍あるといわれる長い髪を持った女性が現れる。
四天王の紅一点、風のバルバリシアその人だ。
「わかったわよ。それではゴルベーザ様……、
わたしが見つけた場所についてご説明いたします。」
ほのかに笑顔をにじませて恭しくゴルベーザに軽く礼をすると、
すぐに表情を事務的なものに変える。
「わたしが見つけた拠点と思われる場所は、空中に浮かんでおりました。
例えるなら……島のようなものですね。
規則的に入り口と窓のようなものが配置されていましたわ。
雲よりも高い位置にありますから、」
島のような空中の拠点。
彼女の言葉から浮かんできたそれは、かつてのゾットを彷彿とさせた。
勿論ゾットは機械の塔だから、島とは似ても似つかないのだが。
「島……?」
リディアが、眉をひそめて考え込む。
それとほぼ同時に、一部でため息が漏れた。
長老は、黙って考え込んでいる。
「残念ながら、まだ正体は不明ですわ。
ですから、詳細はこれから追って調査いたします。」
「そうか……。報告はこれで終わりか?」
報告書の残りは参考資料等なので、これは後でゆっくり読めばいいだろう。
「長老、こちらにおいででしたか。魔人様が、少しお時間をいただきたいと……。」
その時、ノックしてドアを開けた30位の魔道士が長老を呼びに来た。
「そうか、わかった。今行くから待っておれ。
では、セシル達どの……お先に失礼させていただきます。」
急な用事のため、長老は挨拶もそこそこにすぐ部屋を出て行ってしまった。
後はまた、セシル達だけになった。
「はい。それと、余談ですが……。」
今度は、バルバリシアでは無くルビカンテが答えた。
「何だ?」
ルビカンテが余談とは珍しい。
などと胸中で驚きつつも、彼の言葉に耳を傾ける。
「先ほど、子供ばかりが数人で、町の外へ向かっていたのです。
試練の山の近くの洞窟がどうこうと言っていましたが……。」
そこから先は聞き取れなかったらしい。
多分、通りがかりに小耳に挟んだ程度だったのだろう。
「子供が?どんな子供だったのだ。」
言うまでも無く、名の通りに試練の山は危険な場所だ。
勿論山の近くの洞窟も例外ではないので、何か用事があるには違いない。
まさか、そんなところで肝試しなどするわけではあるまい。
「それが珍しい取り合わせでした。
皆10かそれに満たない者達で、銀髪の少年に水色の髪の少女、紫の髪の少年。
そして、一番幼い者は桃色の髪の子供で、わずか4,5歳くらいかと。」
「フィアス……!一体、そんなところに何をしに……。」
この間、旅の味をしめたらしいフィアスは、
どうしてもリトラたちについていきたいと駄々をこねていた。
その挙句、字があまりに下手で読めない書き置きを残して脱走したのだ。
「私にもそこまでは……。まぁ、子供の考えることですから、
うわさ話や言い伝えを信じてそこに行ったのかもしれません。」
言い伝えと言えば、有名なものはセシルが証明した聖騎士伝説。
それともう一つ、魔道船の復活によって、やはり現実のものとなった竜の口の伝説。
試練の山に限らず、ミシディアはけっこう伝説が多い国だ。
有名なそれらの以外に、子供が興味を抱くような話がまだあるかもしれない。
「確かにそうね……。私はここの伝説はよく知らないけれど、
昔読んだ本にこんな歌があったことを覚えているわ。」
「どんな歌ですかな?」
ルビカンテは興味があるそぶりを見せた。
歌というものには、時々その地にまつわる話を暗に示したものがある。
もしそうなら、多少の手がかりになると彼は考えたのだ。
「確か……。」
学生時代の記憶を掘り返しながら、
ローザは近くのチェストにあった筆記用具で紙に歌詞を書き始めた。

誰も知らぬ場所にある
暗く不気味な洞窟
そこは魔界に続く不思議な抜け道
魔物さえもよらぬ恐ろしき所
人に仇なす者らが住む

国々を滅ぼした魔女
その瞳は氷のよう
全てを拒む心は何者も受け入れぬ


魔女が住まう洞窟は
恐ろしき魔物巣くう
神々の家にとりついた闇は
善良な人々をあざ笑い弄ぶ
何よりも厭うべき者ら

魔女に仕える魔物達
その意のままに牙をむく
生ける者らを食いつくし
大地を血で染め上げる

「何だか、ちょっと怖い歌だね……。」
横で書いている様子を見ていたリディアが、ぼそっとつぶやいた。
確かに、嫌な表現が多く使われている。
「で、これはどんな歌だと書いてあったわけ?」
バルバリシアが、紙を覗き込んでそういった。
少々高飛車なふうに聞こえるのは、単なる癖だろう。
「試練の山の近くにある集落の歌らしいけど、ちょっと思い出せないわ。
たぶん、伝承の歌だと思うけれど……。」
そういって、ローザは口を濁す。
もっとしっかり勉強していればよかったと、こっそり付け足していた。
「昔何かあったのか……?」
ゴルベーザが考えながら呟く。
だが、あいにく操られていた時には各国の細かい伝承まで調べてはいなかった。
これでは思い出しようが無い。
「そうね……今思うと、何か隠された意味があるような気がするわ。」
ただの歌といえばそれまでだ。
しかし、伝わっている場所が場所だけにそうではない気がしてくる。
「長老さんに聞いてみたらどうかな?
もしかしたら、知ってるかもしれないよ。」
リディアの提案が妥当なところだろう。
長老だからというわけではないが、彼が一番自国の歴史に詳しそうだ。
「早いうちに聞きにいこう。」
一体何を求めてそんな場所に子供が行ったのか。
その疑問を早く解かねばならない。


先ほどの用事はあっという間に済んだらしい。
長老は快く私室に迎え入れてくれた。
「何か、またわしらに聞きたいことでもありますのかな?」
「ええ。試練の山の近くにある、洞窟のことを知りたくてうかがったのですが……。」
そうセシルが言ったとたん、長老の顔色が変わった。
目を大きく見開き、放心しているように見える。
「長老……?」
ローザが怪訝そうに問うと、はっと我に返ったように表情を落ち着かせる。
「一体何故、そのことを……?」
顔が青い。よほどのことなのだろうか。
「実は先ほど、私の養い子が、他の子供達とともにその辺りに行ったという話を聞きました。
あのあたりは危険ですから、目的が気になったんです。」
セシルは、突然顔色を変えた長老を気にしながらも、そのまま用件を述べる。
言い終わると、フィアスのことが心配なのか複雑そうな顔をして目を伏せてしまった。
それを見た長老は、悟ったかのような笑みを浮かべると、ゆっくりと口を開く。
「この時が来たのも、クリスタルの思し召しでしょうな。
お話いたそう……わがミシディアに伝わる、悲しく忌まわしい伝説を……。」
落ち着きを取り戻したらしい長老が、思いついたように窓を開ける。
窓から入った強い風が、ざぁっと言う音を立てて空気を揺らした。



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ルビカンテとバリバリシアさん登場です。
ほとんどセシル達の視点で書きましたが……その割にろくに動きがありませんね(汗
次でも初めの方はセシル達のほうから始めます。ここでようやくセシル達にも情報を与えるので。
そしてまた前の話から一月以上経過して……間隔あきすぎです、自分。(鬱
こっそりルビカンテの台詞を修正。(2003 7/19